ミイト緯度の指


 もう41年も前になるが、1981年頃に雑誌の創刊ブームがあった。その一時期前に高校生が読むような雑誌といえば、「朝日ジャーナル」「科学」「自然」などの硬派の雑誌に限られていて、高校生の頃に創刊された《エピステーメー》の1面新聞広告のグラフィックデザインには魂をぐっと掴まれたものであった。
 同郷出身の伊丹十三氏責任編集の《モノンクル》は、少しソフトなグラフィクス雑誌の形態を取りながら、内容は硬派であって大いに興味を惹かれた。当時阪急箕面線桜井駅のマガジンスタンドで手にとった新刊雑誌の中で生き残っているのはBEPALくらいだろうか。
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 たった6号で終刊を迎えてしまい、その後復刊されることもなかった。約一年後に買いもとめた、売れ残りの第6号は、ますむらひろし氏のアタゴオルの世界とリートフェルト《赤と青》とのファーストコンタクトとなったのであった。
 若き日の素晴らしい出会いの一つである。
 その後、創刊号から終刊号まで網羅的に収集できたことは僥倖であったが、それではいい歳をした筆者が今(あるいは今後)この雑誌を読んで、はたして41年前の内容に共感できるのかなどと考え始めると、稀少本を持って思い出に浸るというこだわりの確信が揺らいでくる。
 いみじくもアタゴオル玉手箱《ミイト緯度の指》では、書物蒐集家が晩年膨大な書物を売り払ってしまったことの謎解きがモチーフになっていて、実はそれが書物が不要となるような新たなテキストのメディアの発見(空気の流れに古今東西のすべての言葉が乗っているのが見える不思議な能力の獲得)と解かれるのである。
 これは、今から考えてみるとDXの大きな流れの中のデジタル書籍への移行を示唆するものにも思えてくる。日頃覚えているキーワードを手がかりにEvernote全文検索して原典にたどりつけるのは、記憶障害がまだらに進んでいく今後、大変頼りになりそうに思う。
 ということで、若い日に魂の糧として親しんだ書物を書棚に並べておくという理由を、いつか読み返すときのためとするのは、そろそろ取り下げなければならないようである。しかしまた、すべてを自炊するには残された時間が少なすぎるとも言える。
 

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