本日午前中で、ほぼ終了となりぬ。午後はアポのみでご来店のないクライアント様を待ちながら、ふとしたきっかけでゼロハリバートンにふさわしいステッカーとは何かを考察。
タマモンステッカー、宇高国道フェリー三人娘ステッカーと、香川県高松市には魅力的なステッカーを作る文化がある。これらは多くの場合車のリアウィンドウに貼られることを想定したものであろうが、3年前に高松市におじゃました時にはぼーっとしていて、玉藻公園の入り口まで行きながら、ステッカーを買い占めるような考えも浮かばず、そのままトーキョーに移動したのであった。
一方、旅の勲章として、スーツケースに貼れそうなステッカーは、なかなか見つけることができない(復刻版なら入手可能である)。みなさんの転がしておられるキャリーバッグが、布製またはポリカーボネートの波板製なので生存のためのニッチを失ない、絶滅途上にあるのではないだろうか。筆者がステッカーにこだわることができるのは、古風なゼロハリバートンを購入したおかげで、広大なニッチを確保できたためと言える。
それで、旅で訪れた場所の記録を残していこうとすると、駅(や道の駅)のスタンプをステッカー用の用紙に打っておいたのを切り抜いて貼りつける、というふうに手製のものを工夫でもしなければ成り立たない。しかし、かなりチープな印象になってしまうと予想する。要するに、途中下車印でいっぱいになった国有鉄道のチケットのような状態になってしまうのであろう。
そうなると、筆者のイメージでの「勲章を掲げてよい旅」とは、少なくとも客船か飛行機(場合によってはサターンV型)に乗って行って、ラゲッジレーベルを置いているようなホテルに投宿する旅ということになる。これはなかなか敷居が高い。いくら貼るものがないからと言っても、復刻版のレーベルやテイストの合わないステッカーをあわてて貼りまくったりしたのでは、オーナーが「ニセ者」であることがすぐにバレてしまいそうである。
それでも、何か貼らなければならないとすれば、どうするか。この間チョートク師のオーチスのエレベーターで拝見した、「ニューグランドのエレベーターの上の丸い時計」の周りの法隆寺金堂の壁画のような螺鈿細工(に見えるステッカー加工)をゼロハリバートンの外殻に施したい。というのが、本日の筆者の結論である。これはかの地が人生の旅路における最重要の目的地であるということを筆者が自覚してきたためなのであろうか。