菅公の霊の怒り



  今日は、とても怖い体験をしました。例によって12時すぎくらいから撮影に出かけたのですが、2時頃から雨が降り出し、雷鳴も聞こえたので近場の室見川河川公園の林に避難。持っていた傘を差して雨が止むのを待っていたのですが…
  あたりはどんどん暗くなっていき、雨も激しくなっていきます。それよりなにより、雷鳴がどんどん近づいてくるのですね。土砂降りの中傘さしてしゃがんで雷の中心が通過するのを待っておりましたが、3発たてつづけに至近距離に落ちたときには、もうすさまじい轟音で、生きた心地がしませんでした。飯盛山からのエコーが遅れて聞こえておりました。
  やっと空が明るくなった頃にはもう奇跡の生還を果たしたような安堵感でいっぱいでした。
  以前から、雷は菅原道真公の怨念と恐れられているようですが、それはやはり公権力による冤罪の犯人とされたことに対する憤りであったことでしょう。いままた菅公の霊が怒っているとするならば、それはグローバル化に逆行するような教科書問題に対する怒りかもしれません。
  沖縄で個人レベルで行われた暴行にこれだけ過敏に反応するのに、自分たちの国家レベルの犯罪には口をつぐむというのはちょっと未熟ですよね。過去の過ちは過ちとちゃんと認めるところから、信頼関係が生まれるのではないかっ!と怒られているような気がしました。

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