アマチュア科学者(2)

戻ってきて右手手首のカテーテル入り口の傷をかばいつつ、原典の細菌培養の項を読んでみる。レベルとしたら大学教養課程の細菌学実習クラスの内容である。肉汁培地を作るための材料がハンバーガーなのであるが、おそらくアメリカではどこででも入手できるものとして挙げられたのであろう。ところがマクドナルドが銀座三越に一号店を出したのが、訳書の出た10年後である。彼我の外食産業の興隆のタイムラグが大きく影響したことになるが、訳出当時の日本でハンバーガーの肉を入手するのは月の石くらい難しかったであろう。ちなみに改訂5版の細菌学実習提要(1976年)には「ウシの筋肉に常水を加えて加温,抽出し,これを沪過して得た淡黄の透明液は肉汁と呼ばれる.心筋の抽出液も良く用いられる.云々」とある。また、培養する細菌は、ATCCから、抗生剤ディスクはDifco社から購入しましょうねということになっている。筆者は、培地についてはDifco社のBrain heart infusion brothをベースにしていたが、これはATCC株のデータシートの、生育に適した培地の指定に従ったわけである。
 培養する細菌については、自然界のものを分離培養すればよいのではないか、という考え方もあることを認めたうえで、著者は入門者にはまず基準株を購入するように勧めている。知らず知らず病原性の環境細菌を大量培養する危険性なきにしもあらずということだ。しかし、ATCCからの細菌株の分与を受けるとなれば、筆者駆け出しの頃でさえ、IBMタイプライターで注文の手紙を書いて、ボスの銀行のパーソナルチェックを同封して、エアメールで発注するという煩雑な手続きが必要であった。さらに、バイアルが税関に到着したら、無害な細菌であることを証明して検疫を通して通関しなければならなかった。今ではこのあたりはバイオテロのこともあってさらに厳重になっているのかもしれない。
 この高すぎるハードルを前に、訳者がわが国の実情に合わないと割愛してしまったのもむべなるかなである。

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