MacBook Air

 そこで、思い立って新型MacBook Airなど拝見する。目下プラハにご滞在中のチョートク師のブログにMacBook Airが写っていたりいふぉんの話題が登場したりするのが、潜在意識に作用しているのであろう。もちろんno-spindleのディスクドライブ類をそぎ落とした潔さに、以前使っていたMacintosh DUO 230の設計思想の輪廻転生を感じるのはお盆が近いからであろう。当時は、スタンドアロンのDUO 230に外からデータを入れるのにはPCカードと外付けSCSIドライブあるいは電話線を利用したAppleTalkを利用したものであったが、それが今やUSBと無線LANに転生して、ドライブにもネットワークストレージにも簡単にアクセス可能である。それでも、いまやSSD 250 GBが入手できる時代なのに本体をこじ開けてハードディスクを交換する楽しみがない…などと考えてしまう老年元改造族には魅力が半減して見えてしまう。
 まあ、そういう改造する楽しみがないところまでハードウェアが抽象化されブラックボックス化してはじめて、仕事に使える高信頼性が保証されるということかもしれない。重量の点ではもちろん不満はないが、メモリの拡張に関しては自由度はない。それよりなにより、価格の面で筆者などまず選考対象から漏れてしまうのは、しようのないことである。[no-spindleNotePC]

本ブログではamazon associate広告を利用しています。