もし休止になる前なら自然誌に載って、視聴率も上がったであろうに。カール・セーガンさんの著書によれば、アメリカこそ、この手のese科学ネタはゴロゴロしているはずなのであるから、何を今さらニュースとしてとりあげているのであろうか。と考えてみると、ひょっとすると、みんなで信じて納豆売り場に殺到すればコワくない(とか、問題になると急に過去のすべての番組の検証に着手するという)「勤勉な国民性」をおちょくられているのかもしれないので、注意が必要である。
筆者も、納豆こそ買いには行かなかったけれど、同じ局の「桑野さん」の影響で、「おいしい牛乳」を買ったり「青汁」をはじめたり、G5 Macをいく度か買いそうになったり(これは何とか思いとどまってCore 2 DuoのMac mini 2台になった)したので同罪である。
後日記:読んでみたところでは、これまでマスコミに流れたニュースの情報を元に、発言とは異なる吹き替えをつけられた科学者の方々から裏を取ったもの。まあ、自然誌の取材といわれれば拒否する方もいないかも。。というので、「社会現象」の部分についての説明、言及や論評はない。真実を報道したか、真実にあらざるものをどう捏造したのか、というその一点に集中した書き方、それが科学ジャーナリズムというものかもしれないし、取材不足というべきなのかもしれない。
というので、このあたり「プロの視点」からの論評が気になるところであるが、いまだ沈黙を保っておられるようにお見受けする。というか、これまで見破れなかったのか、見過ごしてきたのか、無視してきたのか、あるいは言いたくても言えなかったのか。いずれにしても、10年以上前のCOBE衛星に与えられたノーベル賞に「うかれて」、はやぶさの成果が10年後どう評価されるかを考えない、きわめて不健康な科学ジャーナリズムが育っているような気がしてならない。[本]