夕方二号庵玄関先にて、砂を敷いたお皿の上で麻柄を焚く。砂は日中母刀自とCEOとでマリゾン周辺の海岸からいただいてきたという。タンボ―の折にハコザキシュラインの境内にお潮井浜の真砂が拝領自由に振舞われているのに気がついていたのに、こういうこともあろうかと気がつかなかったのを悔やむが後の祭りである。
筆者としては、亡父が幼少の頃親しんだであろう今治市の浅川海水浴場、桜井の志島ケ原、(旧)北条市の法然寺の先の海岸の砂を、それぞれプラスチックの1 Lボトル1本ずつストックしておくようにしたいと考える。また、筆者用として馬刀潟と関川の砂をリクエストしたい。いつでも取りに行けるとたかをくくっていたら、いつの間にか月面の静かの海と同じくらい遠い場所になってしまった。