「☓☓ちゃん、玄関開けてや」という、懐かしい父の声

 筆者は、今治の古い家の中にいる。雨戸をたてて、玄関の引き戸の鍵を内側から締めている。外は昼間で台風の暴風雨のさなかなのか、それとも夜なのかよくわからない。応接室の東側の硝子戸を叩いているのは父に違いない。母とともに玄関の鍵を開けると、顔をのぞかせたのは違うおじさんであった。父でなかったことに、がっかりして脱力する…という明け方の夢で目が覚める。
 1階の大浴場に降りて、湯船に浸かりながら、結局父は夢に出てこなかったのであるが、あの声は間違いなく父であった。などとしばらく考えたのだった。「夢に出てこなかった」という言い方は、適切ではあるまい。「夢に見なかった」というのが正しいのである。
 亡父が以前語ったところによると、夢枕に立った叔父が、かねて形見として譲り受けた日本刀を「一家の守刀にしたい」と言ったことから、叔母に返したというのである。筆者はふだんあまり夢を見ることがないのであるが、亡父はどうだったのだろうか。たまにしか見ない夢だから、その象徴的な意味が余計に気になったりしなかっただろうか。

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