パッキングが終了した頃に下の子を連れてCEO帰宅。昨日から蕁麻疹がひどく、本日は高熱も出て、聞けばドクターあごひげ犬先生の門を叩いてリレンザの投薬を受けた由。筆者のだるさはひょっとして新型では?との懸念あり、CEOにまん中の子の使い余りのリレンザを持たされて出発。
天神でのトランジットにうんざりしていて、今回はバスで西新まで出て、地下鉄空港線で空港に向かう。余裕がありそうでほとんどなく、JAL 3635便離陸予定時刻-20分のバゲッジチェックイン。1535時に海側へ離陸し、上昇しながらターンして熊本まで南下の後、機種を西に向けて雲の中を降下し、雲を抜けると目の前に日向灘が広がっているのに感動。眼下の風景を堪能するうちにあっという間の1610時海側からのアプローチでタッチダウン。
空港からバスで市内に向かうが、これがリムジンならぬ普通のバスで、しかも遠方からの便らしく(一番高い料金が1700円と表示されていた)、ほぼ満席。そこに飛行機を降りた乗客がピギーバックを持ち込むと、通路も立錐の余地なしとなりぬ。疲れはてて橘2丁目のバス停で下車、240円。
ホテルにチェックイン後、Lumix GH1と梅原猛氏の新潮文庫を持って、宮崎駅に行く。宮崎神宮か江田神社に詣でるつもりであったが、時間的な余裕があるので遠い方に行くことにして日向住吉までの切符を買って、1854時発のローカル線に乗り込む。実際には、その一つ手前の蓮ヶ池の方が正解なのであったが、iPhoneのGPSを頼りにおよそ80分歩きとおして阿波岐原にたどりつく。すなわち、イザナギノミコトが黄泉の国から命からがら逃げかえってきて禊をしたところであるが、いまどきはシーガイアの近くといった方が圧倒的にわかりやすいのであろうか。
江田神社は、奈良時代に創建されたと伝えられる由緒ある神社であるが、かむさびていて街灯もなく、真っ暗な参道を蛍光灯のついた本殿に向かって歩いて行くような物好きは筆者くらいのものである。それだけに、この世のものとも思えないくらいの荘厳な霊力をびんびん感じる。県道11号線を走る車のヘッドライトに照らされ、筆者の影が一瞬本殿に真っ直ぐ届くように投影されるのも、何か神秘的であった。こういう効果が神社創建の時から想定されていたはずもないが、江田神社は午後8時すぎにお参りするに限る!のである。イザナギ、イザナミの両ミコトならびにその三貴子に柏手を打ってお参りをし、40分歩いて蓮ヶ池駅に戻ってくる。駅のホームで梅原猛:天皇家の”ふるさと”日向をゆくを読みながら、30分ほど次の列車が来るのを待って宮崎駅に戻る。
以前駅前の寂れた商店街を徘徊した記憶をたどりながら、宿舎に帰着。お隣の《どげんかせんとい館》が営業終了時刻を過ぎていたので、向かいのラーメン屋さんにて遅めの夕食とする。時期限定煮干ししょう油味のラーメンとご飯半膳、900円。